今日の虎に翼ぼろぼろ泣いちゃった
わたしたちが理不尽なことに対して怒り、キレることができる場所は、かつて屈辱と恐怖に抗って怒り、キレてきた無数の人たちの行動によってつくられてきた。
同時に、自分の問題としては怒り、キレる必要がなかった非当事者たちの政治的な思惑だったり、なにかしらの共感だったりも確実に、そういった場所が生まれることに関わっている。実務的にはこっちの力の方が大きいかもしれない。
咳払いしかできないのかよ、と言えば、咳払いしかできなかったいつかの自分に返ってくる。誰かが咳払いしてくれただけでもちょっとはありがたいと思ったことも数々あった。
あったけども、やっぱりわたしはできるだけ、咳払いだけでは済まさないように行動したいな。そして、咳払いしかできない人たちのことも考えたい。